過ぎ去りしdays
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koburii

Author:koburii
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国内外問わず、夫の仕事の関係で引越しばかりしている40代の主婦。



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130冊目: The House on Mango Street

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Book No. 130

title: The House on Mango Street

author: Sandra Cisneros

publication date: 1984

pages: 110pp

I knew then I had to have a house. A real house. The house on Mango Street isn't it. For the time being, Mama says. Temporary, says Papa. But I know how those things go.


貧乏なメキシカンファミリーの娘、Esperanzaが、両親とともに引っ越して来たのがこのシカゴの移民街にあるマンゴストリートの小さな家。

実はここ、両親がやっと手に入れた念願のマイホーム。
もう家賃を払う必要もないし、隣人に迷惑がかかることも気にしなくてもいいし、大声で騒げる。
何から何まで、家も、庭も、そっくり自分たちのもの。
誰にとっても喜びと希望の瞬間・・・のはずなんですけれど。


でもここは、Esperanzaが夢見ていた家じゃない。
ボロっちいし、狭いし、近所はガラが悪いし、もう全然違う。全然不満。
だからEsperanzaは、絶対出て行ってやると誓う。
そしてこの最初の印象は当たっていて、この家でEsperanzaは友人も出来るが、嫌なことにもいろいろあう。
一方、愛や性、そして死という、人生のある意味陰の部分だけど、決定的に大切なことも学ぶ。

思春期の少女が、精神的にも、肉体的にも、少しずつ成長していく姿が描けている。
同じように貧乏で、問題ある隣人たちに囲まれ、一般的には子供に悪影響を与えそうな環境だけど、きちんと現実を受け止め、人間社会を学びとる強さを持ったEsperanzaは、ここでかけがえのない日々を送る。
決して満足はしていない。けれど複雑な環境はEsperanzaの感受性を刺激し、なによりも「書く」原動力となっていく。

短い文体なのですが、驚くほどの背景が読み取れます。
それにしても、これは小説なんだろうか、日記なのだろうか、詩なのだろうか?
曲をつければそのままエイミー・ワインハウスの歌でありそうな感じ。
リズムがよくて、正直で、でも内容は結構重かったり。

こちらの小説は種類で言うと典型的な”vignette”と呼ばれる部類に入るそうです。
この言葉、たまに聞くんだけど意味だけしらべてもイマイチよくわからなかったのですが、やっと何となくだけど理解できたような。
小説でいうvignette(ビネット)とは、日常の小さな、けれど象徴的な瞬間を、
短く、印象的に捉えた、スケッチのような作品のことで、
箱詰めチョコレートのように、個々それだけで完成された小作品が、
いくつかより集まったものを指すみたいです。

日常のさりげない一瞬を、小さな虫取り網でさっとキャッチしたような鋭い感性は、若い作家ならでは。
とはいえこちらの本、出版からもう四半世紀経っているのですけどね。
私も今回読んだのは25周年記念版。長く愛されている作品です。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * *

CIMG6530 copy最初はワインに凝り始めて、その過程だったんですよ、チーズも。

でも最近ワインは減ったのに、チーズの量だけはなぜか衰えない。朝とか昼のおやつにも食べたくなる。

この辺のスーパーも、本当チーズの種類が多いからいろいろ試したくなってこれも原因。

春までにはやめないと。クセになってるみたいです。




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そういやバレンタイン

バレンタインデートは、天気もよかった12日の日曜日に決行。
ブランチはここで
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途中したお茶では、前日買ってあったこちらのブラウニー。外側カリカリでお気に入りのおやつ。チェルシーマーケットで買える。
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夕方はエンパイアステートビルに登る。実はこれが目的。
バレンタイン当日はウェディングなども行われるので、避けて日曜日にしたのだけど、
Sleepless in Seattleの真似。若い人は知らないかなあ。
メグライアンとトムハンクス、
ラストシーンはバレンタインのエンパイアステートビルの屋上なのよね。
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さすがにガラガラ。
季節によっては長蛇の列らしいが、2月は本当に人が少ない。
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ここの展望台で、暗くなるまで夫と二人でひっそり待っていた(室内でも待てる)。寒かったけど、ニューヨークの夜景は素晴らしかった。
体が冷えきったので、その後ラーメンを食べ、34町目のMacy'sに寄って帰りました。

バレンタイン当日のチョコはこちら。ここのチョコも好きでよく食べる。
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花やらチョコを買うのは、基本夫で、食べるのは私、
でも厳密にどちらがとかない欧米風。
チョコの日ってよりは、愛の日の方がいいよね。

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和書「森に眠る魚」角田光代

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話すことははちっぽけだけどだいじなことだ。たしかに結婚前、自分たちはそんなことを言い合ったと瞳は思い出す。そのとき心から感謝したのだ。(略)今だって思う。栄吉は立派な人間だ。落ち度のない夫だ。ただ気づいていないだけだ。相手が自分を否定しないとわかっているときだけ、人は何でも言えるのだと、夫は気づかないだけなのだ。あれほど言葉を交わしたって、心の底では光太郎の受験に対して反対しているではないか。私との会話でその反対が賛成に翻るはずがないではないか。繭子のところに預けていると言えないのは、これからどうしようと相談できないのは、あなたが頑固な正論で私を否定するからではないか。


先日、子供の受験が来年に迫りいろいろ大変な姉とスカイプでおしゃべりをしていたら、ずいぶん前に文京区で起きたお受験殺人事件の話が出た。当時あまり関心を持たなかったためか、ほとんど覚えていない事件だった。

これを題材とした角田光代の小説があると聞いて読んでみた。桐野夏生は小説「グロテスク」で、まったく独自の設定の中で、東電OLの闇の部分だけを見事に取り入れたが、こちらは少し趣が違う。というか真逆な気がする。良い意味でも悪い意味でも、予想していたものとは違った。

細部の描写が見事だと思う。主婦の孤独と、子育ての不安と、閉塞感。それを軽視する夫、または子供はのびのび育てばそれでいいんじゃないので終わらせる夫。彼らの存在そのものがあまりにも薄~く薄く陽炎のように登場する。お受験に向かう心理も、共感は出来なくても普通に理解が出来る。夫への静かな不満と怒り、孤独と不安から同じ目線で子供のことを語れる友人の必要性、馴れ合うことの喜びと安堵、しかし同時に沸きあがってくる嫌悪感など。ちょっとした一言が気になり、そこからあれこれ悩み考え悩み、どんどん疑心暗鬼にかられる心理。女性ならみな程度の差はあるにせよ感じることだろう。登場人物は誰一人完璧な人間ではなく、つまりリアルに描けていると思う。

その一方で全体として、何を描きたかったのだろうという疑問が残る。少なくとも、「うへえママ友。ヤダヤダ女同士って。怖い怖い」じゃないはずなんだけど、そのように終わってしまってる感も否めない。

あの事件への世間の関心はおそらく、「殺人にまで突き進んでしまうほど追いつめられるお受験競争及びママ友の世界または心理とはどういうことか」、みたいなものだと思うのだけれど、この「殺人にいたるまで」の部分を、厳密にいって著者は描いていない。その闇の部分は、登場人物ではなく、突然現れる「彼女」という人物によって語られるだけだ。この「彼女」は明らかに現実のお受験事件の犯人で、闇に落ちていくシーンが7ページ、突如パラレルワールドのように現れる。

肝心の登場人物たちはどうかというと、息苦しくなった関係から逃れるため、それぞれがお互いに自然に距離を置くようになる。当然だ。この流れで自然だし、現実世界でも大抵そんなものだと思う。「彼女」のストーリーが、この4人の登場人物の誰にでも起こりえたとはつながらないのだ。それとも作者が描きたかったのも脱出だったのかもしれない。どうであれ、事件を起こした実際のお受験事件の女性が、やはり「特殊」ということになる。そして「殺人にいたるまでの部分」がなくなれば、それはよくある主婦同士の、女同士の優越の競い合いだ。

といったことが気になったのだが、それでも一気読みしてしまう力作だと思う。量はさほど多くないが読みごたえもある。最終的には夫婦で向き合うしかないこと、心の葛藤を解決するのは子供の合格ではなく自分だということを伝えている。幸せというのは、決して他の誰かを通して得られるものではないというメッセージ性がある。そしてタイトルがとても良いと思う。このイメージは言葉以上のものを伝えてくる。これも角田さんがつけたのでしょうが、うまいネーミングだと思う。

それにしても、結婚とは牢獄で、子供を持つとはそこに錠をかけることだと言ったのは大江健三郎だったでしょうか?100%の同意はしないまでも、見方によってはそれもまた事実だと認めてしまえる方が、気楽かもしれませんね。


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CIMG0382 copyお気に入りのメープルシロップ。

これがないとパンケーキが始まらないのだ。

ホントはここにバナナをのせるんだけど、今日は品切れでございます。





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129冊目: The Doll People

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Title:The Doll People

Author: Ann M. Martin

Publication date: 2000

pages: 272pp


It had been forty-five years since Annabelle Doll had last seen Auntie Sarah. And forty-five years is a very long time, especially an eight-year-old girl.


最近たまに春を感じる日がありますね。冬もあとちょっと、もうすぐ3月、桃の節句。

久々に、YAというよりも、もっと少女向けの本です。私は小さい頃、こんな感じの本が大好きだったなー。今読んでも興奮するもの。

Annabelleは100年生きている8歳の女の子です。Palmer家で、親子4代に渡って譲り継がれたドールハウスと人形達なのです。Annabelle、Papa Doll、Mama Doll、 Uncle Doll、Baby Doll、子守役のNanny Doll、そして弟のBobby Dollと平和に暮らしていました。

ある時Annabelleは、本棚の中から、45年前に忽然と消えてしまったAuntie Doll、Sarahの日記を発見してしまいます。そういえばAuntie Sarahはどうして消えてしまったのだろう。家族のみんなも、どうして何事もなかったかのように振る舞っているのだろう。Annabelleは、Auntie Sarahを探し出す決心をし、100年の間、閉じこもっていたドールハウスから、外の世界へ出て行きます。

そして同じ時期、新しいドールセットがPalmer家に到着します。同じようなドールハウスセットと、同じような家族構成のドールたち。でもこちらは陶器で出来たAnnabelleたちと違い、全てがプラスチックで出来ています。そしてAnnabelleは、Tiffanyという自分と同じGirl Dollに出会うのです。



子供の頃、タカラトミーの「こえだちゃんと木のおうち」に興奮して誕生日にねだって買ってもらった思い出があります。初代の一番簡素な作りのおうちだし、ドールハウスって感じでもないのかもしれませんが、宝物で一日中いじくっていましたよ。なんだか当時を思い出して懐かしい気持ちでいっぱいになりました。

スリルあり、冒険あり、友情ありと、楽しい少女向けの本です。押絵も素敵で、8部屋もあるイギリス製のAnnabelleのお家はとっても豪華。それにしても、代々受け継がれる人形なんていいなあ。

日本でも、「これ、おばあちゃんの代からのひな人形なんです~」とかありますよね。
お金では買えない歴史のある家庭って、本当憧れちゃうわ


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CIMG0386.jpg最近はまりまくりで食べ過ぎなヨーグルト。

脂肪分0%なのに、グリークヨーグルトだから濃厚で美味しいの~




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128冊目: Extremely Loud and Incredibly Close

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Title: Extremely Loud and Incredibly Close

Author: Jonathan Safran Foer

pages: 368pp

Publication date: 2005




I like to see people reunited, I like to see people run to each other, I like the kissing and the crying, I like the impatience, the stories that the mouth can't tell fast enough, the ears that aren't big enough, the eyes that can't take in all of the change, I like the hugging, the bringing together, the end of missing someone......


小説の中には、可能な限り内容を知らずに読み始めた方がいい本というものがありますが、この本もそんな1冊です。

いらない予備知識や、他人の感想で、台無しにしないほうがいいでしょう。この小説から何を感じ、何を受け取るかは、人によってまったく違うものになるはずですから。そしてそこがこの本の一番の魅力かもしれないので。私の読書感想文も(いつものようにたいしたことは書くつもりはありませんが)、できればこれも読まない方がいいと思います。本当、真っ白な状態で読む(経験する)のが一番いいと思う。私もそうしましたし。

小説のメインナレーターOskarは、9/11で、最愛の父親を失っています。父親が残した秘密のカギが、一体何なのか。9歳の少年は小さなヒントを手がかりに、ニューヨーク中を探しまわります。

お涙ちょうだいではありません。設定は悲劇ですが。私は一度も泣きませんでしたが、逆に何度か声を出して笑いました。

Oskarは賢いパパっ子で、少し変わっていて、大人っぽいと同時に非常に子供っぽい子です。いろいろ知っていると同時に、何一つ知らない子です。ついうっかりでも、どちらが死ぬか選べたのなら、お母さんを選んだのにとか言ってしまったり、ドキドキするようなことを言ったり、無邪気な質問で周りの大人を困惑させたり傷つけたりします。人によっては不快に思うかもしれないし、人によってはむしろ走って行って抱きしめたくなるかもしれません。

Oskarの祖父母、つまり息子(Oskarの父)を亡くした親の物語がもう一つ。Oskarの祖母が(または祖父が)、Oskarに(またはOskarの父親に)宛てた手紙が交互に登場します。私はこの祖父の気持ちだけがどうしても理解出来ない(したくないのかも)。

トラウマ的惨事で突然家族を失う。テロでも戦争でも天災でも。処理出来ない傷を抱えて、その気持ちのやり場を人は一体どうやって見つけるのでしょうか。大人ですら難しいというのに、ましてや小さい子供達は。過去10年だけでも、私たちはそんな子供達をどれだけ誕生させてしまったのだろう。

ちなみに以前書いたレビュー、Nicole KraussのThe History of Loveですが、今回のExtremely Loud and Incredibly Closeの著者とご夫婦です(二人ともまだ若い)。そしてこの2冊はほぼ同時期に書かれていて、内容は違うのですが共通点が多く(老人と子供、喪失と探求、手紙や本でつながる人々、ニューヨーク)一つを読むともう一つを思い出す不思議な感じ。

The History of Loveはかなり好きな小説で、2度読み返しましたが、今回もたぶん最低もう一回は読み返すと思います。どちらが好きかと言えば、The History of Loveの方が好きですが。

重ね着をした時に見られる配合色のように、幾重にも重なったストーリーが読むたびにいろんな印象を残す。そんな小説だと思います。



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YES! YES! YES!

先日再び例のサンドイッチ屋に。イーストビレッジに用があると、
どうしても帰りに寄ってしまう。映画Harry Met Sallyで、
サリーが「あの」ふりを演じてみせる同じみのあそこですね。
ハムばんばん乗せて、YES!って絶叫するあれ

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パストラミがたっぷり&ジューシーでたまらない。
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昨日はコロンビア大学に通ってる知り合いとランチだったので、
大学近くのこのダイナーへ。
Seinfeldでおなじみのお店。内装は全然違うけど。

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午後は読書しによく行くカフェへ。
映画You've Got Mailで、メグライアンが待ちぼうけをくらってたカフェ。
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映画というのはマインドコントロールになるそうなので、
影響を受けやすい人が繰り返し見ると、ついつい実現化
してしまうそうです。

私はホラー映画を滅多に見ないのはこの理由。
だって実現化に向けて、無意識が秘密裏に動いているかもしれないんですよ!


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127冊目: The Long Goodbye

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Title: The Long Goodbye

Author: Raymond Chandler

Publication date: 1953

Pages: 320 pp



To say goodbye is to die a little.


1Q84を読んでいる間から、村上春樹氏おすすめのこの本が気になっていたので読みました。あまり深い意味はありません。

ロサンゼルスの私立探偵、Philip Marloweシリーズの第6作目に当たる本です。

酔っぱらいのTerry Lennoxと偶然知り合いになったPhilip Marloweは、なぜか彼が気になりあれこれ世話を焼く。Terry Lennoxは資産家の娘と結婚したが、いろんな問題を抱えていた。Marloweの気がかりは的中し、Terry の妻は殺害され、Terryはメキシコへ逃げ、Marloweに手紙を残し、そこで自殺を遂げる。腑に落ちないMarlowe。そんなある時、売れっ子小説家と、その美しい妻から、別の仕事を依頼される。そして事件は複雑に絡み合い・・・・


ハードボイルドミステリーらしいのですが、あまりミステリーを期待して読まない方がいいような。トリックや展開で、それほど「えええ~!」みたいなものはなかったので。それよりも会話とかPhilip Marloweのキャラとか、そっちの方が面白かった。

ハードボイルドってのもよく分からないのですが、体制や組織に飲み込まれない一匹オオカミはいいんだけど、一般的にいえばしなくていいケンカばかりしてるし、傍から見るとある意味バカで要領が悪い。

思っていたような「男のかっこよさ」ではないし、意外とコミカル?なところもあり、ちょっとイメージしていたのとは違いました(いい意味で)。作者Raymond Chandlerが、Philip Marloweを演じた俳優で、一番イメージに近いのはケーリー・グラントだと言ったのも読んでちょっと納得しました。私も本を読む前のMarloweのイメージはハンフリー・ボガードだったんだけどね。読むとちょっと違うわ。

ストーリーよりも登場人物のキャラが面白いといいましたが、一方で、作者が日常のシーンなど細部を描写している箇所なども読みどころです。難しい単語は使われず、丁寧に、淡々と、読んでて思わず笑みがこぼれます。例えば、私のお気に入りはコーヒーメーカーでゆっくりコーヒーを作るこちらのシーン。ちょっと長い引用です。


The coffee maker was almost ready to bubble. I turned the flame low and watched the water rise. It hung a little at the bottom of the glass tube. I turned the flame up just enough to get it over the hump and then turned it low again quickly. I stirred the coffee and covered it. I set my timer for three minutes.Very methodical guy, Marlowe. Nothing must interfere with his coffee technique. Not even a gun in the hand of a desperate character.

I pored him another slug. "Just sit there, Don't say a word. Just sit." He handled the second slug with one hand. I did a fast wash-up in the bathroom and the bell of the timer went just as I got back. I cut the flame and set the coffee-maker on a straw mat on the table. Why do I go into such detail? Because the charged atmosphere made every little thing stand out as a performance, a movement distinct and vastly important. It was one of those hypersensitive moments when all your automatic movements, however long established, however habitual, become separate acts of will. You are like a man learning to walk after polio. You take nothing for granted, absolutely nothing at all.



スタインベックなんかもそうだけど、コーヒーと相性の良い小説というのはそれだけでいい感じ。お酒好きじゃないので、ギムレットは別に飲みたくないですが・・・


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CIMG5991.jpg  生まれて初めて買った&食べました
 恵方巻

 夫も初めての恵方巻で、私が適当に指示する。
 北北西に進路を取れ。黙々と食べるのだ。
 しかし何も話さないで食べるのって難しい~。



    
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和書 「1Q84」BOOK3

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・1Q84 BOOK3

・村上 春樹

・602ページ

やっとお借り出来たので読みました!

イッツ オンリー ア ペーパームーン

ここは見せ物の世界
何から何までつくりもの
でも私を信じてくれたなら
すべてが本物になる



1と2同様、ぐいぐいと引っ張られるように一瞬で読み終わってしまったのはそうなんだけれど、なんだろう、Book3は正直「あれ?」みたいな、ちょっと不思議な感じがしました。春樹ワールドにどっぷり浸れる1と2に比べると、3では、あえて春樹ワールドから追い出しをくらったような、そんな妙な感覚が付きまとう。面白かったんですけどね。

例えば
ここでいくつかの「もし」が我々の頭に浮かぶ。もしタマルが話をもう少し短く切り上げていたら、もし青豆が・・(p339)

の「我々」とか。

確かに、

主観と客観は、多くの人々が考えているほど明瞭に区別できるものではないし、もしその境界線かもともと不明瞭であるなら、意図的にそれを移動するのはさほど困難ではない。(p252)

なんですけど、微妙な三人称のナレーターとともに、春樹ワールドに浸らせてくれない何かをヒシヒシと感じながら読みました。

誰かの命を終わらせるために、高速道路の非常階段から降り、1Q84の世界に紛れ込んだ青豆は、Book2では自分の命を終わらせようと再び高速道路に戻る。そしてBook3では、新しい命をこの世に送り出すために再度同じ場所に立つ。

ラストの階段を昇る時、青豆は天吾よりも先に行く。私が先に行かなくてはならないと主張する。そこはとても大事(豆の木もそうだけど、ヤコブの梯子を連想してしまった)。

1Q84が仮に天吾の描いたストーリーだとしても、引いてはフカエリ、引いては村上春樹の世界であったとしても、青豆はそれを甘んじて受け止める。そしてかわいそうな犠牲者、通りすがりの脇役であることを止め、物語の中心人物となり、物語を(世界を)リードしていると自覚する。それはある意味全ての宗教が目指すところの覚醒でもある(たぶん)。

私はたまたまここに運び込まれたのではない。

私はいるべくしてここにいるのだ。

私はこれまで、自分がこの「1Q84」にやってきたのは他動的な意志に巻き込まれたせいだと考えていた。(略)・・・そして気がついたときには私はここにいた。二つの月が空に浮かび、リトルピープルが出没する世界に。そこに入り口はあっても出口はない。

・・・だからこそ私は今ここにいるのだと。あくまで受け身の存在として。言うならば、深い霧の中をさまよう混乱した無知な脇役として。

でもそれだけじゃないんだと青豆は思う。それだけじゃない。

私は誰かの意志に巻き込まれ、必ずもここに運び込まれたただの受動的な存在ではない。たしかにそういう部分もあるだろう。でも同時に、私はここにいることを自ら選びとってもいる。

ここにいることは私自身の主体的な意志でもあるのだ。

そして私がここにいる理由ははっきりしている。理由は立った一つしかない。天吾と巡り会い、結びつくこと。それが私がこの世界に存在する理由だ。それがこの世界が私の中に存在している唯一の理由だ。(p475-476)



「1Q84」の世界は、私たちが今住んでいるこの世界と同様に本来出口はない。それはパラレルワールドではないのだから。
けれど覚醒し、愛を胸に秘め、その結果生まれる創造の力を得ることによって、そこから抜け出せる。覚醒だけではだめなのだ。カルト宗教のむなしさもここにあるのだろう。

現代の孤独な人間の誰もが感じる乖離感と孤立感は、ちょうど歯を溶かす虫歯菌のように、人を蝕み人の心に穴をあける。そしてそこに何かが入り込んでくる。入り込んできた何かによって、自殺に追い込まれる場合もあるだろうし、特殊な集団や、自分を受け入れてくれる団体に組み込まれる場合もある。

「ひとりぼっちではあるけれど、孤独ではない」と青豆は言う。ひとりぼっちであっても、誰かを愛している限り、人は孤独ではないのだ。孤独な状態に押しつぶされないで、自分の中の愛を見つめよう。そこに必ず出口がある。そう青豆は教えてくれる。そして青豆が出て行ってしまうと、1Q84は、その本質を失う。春樹ワールドが消えてしまう。それでいいのだろうけれど、なんとも寂しい感じがしました。特に最後の一節は、涙さえでそうになりましたよ。そして頭の中で響くのはこの台詞。イッツ オンリー ア ペーパームーン・・イッツ オンリー・・・


(追伸1)
1と2と3。全て手元に置いて、三冊通しで読んでみたいです。私は単純にストーリーとして楽しんだだけですが、本来はもっといろいろ意味とかあるのでしょうし。文庫化されたら自分でちゃんと買おうと思います。文庫化は3月末から3ヶ月連続で発売されるそうです→(

(追伸2)
ところで、小説の中で猫の町として登場する千倉。昔夫とよく行った思い出の場所です。千倉は当時、海の家も立たない静かで小さなビーチがいくつかあって、人の少なさに惹かれ、毎年夏になるとわざわざ東京から足を運んだ海岸です。。また千倉はアワビが美味しくて、よく帰りにアワビそば食べたっけなー。猫の町の場面では常にこのアワビそば思い出していた私・・。また食べたいにゃー。


それにしても、キーである牛河さんを、思いっきりすっ飛ばした読書感想文になってしまいました(笑)。牛河ファンのみなさんスミマセン。


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