4泊5日のボストンひとり旅行。4日目です。

この日の目的は、ボストンに行く機会があったら絶対行こうと
決めていた場所の一つ。セイラムです。
アーサー・ミラーの舞台劇でも同じみですが、1692年の魔女裁判で
有名な地ですね。しかし・・・

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年のせいか、昨夜飲んだせいか、ここにきて疲れがどっと出る。
で、起きたのはなんとお昼近く。まあおばさんですから。お許しを。
先日行ったお店でランチの割引券をもらっていたので、これでまず寿司ランチをします。そしてゆっくりコーヒーを飲んで、ノコノコ暢気に出発です。

セイラムは、ボストン市内の北駅から約30分、
更に列車で北東へ向った場所にあります。

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電車の数も少ないし、向こうでの駅の様子もわからないので
待っている間に窓口で質問したり時刻表をもらう。
シーズン中とオフで時間の変更があるので、もらうと便利かも。
駅員さんがえらく親切でした。

セイラムに着きました。
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駅を降りると階段があるのでこれを登ると大通りに出ます。
まっすぐ南下してEssexストリートを左折すると、メイン通りへ。
お店も並んでいるので分りやすいでしょう。
市内マップがもらえる観光案内所もあります。

セイラムの町はいくつかの、ガイド付きミュージアムがあるので、ここを
巡るのが一つの遊び方。
ウィッチ・ミュージアムは子供騙しっぽい気もしないではないが、
まあ意外と楽しめた。
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しかし想像していた町の雰囲気と、全然違って驚いた。
もっとこう、暗くて、森っぽい場所を期待していたのですが。。
港町特有の開放感もあり、ここがあの血塗られた歴史の舞台なのかと思うと、
がっかりしたような、驚いたような。。

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それでも古い建物、教会が保存されていて、都市化されていないし
当時の雰囲気を多少なりとも味わえる貴重な場所だと思います。

魔女裁判で処刑された人も眠る、古い墓地エリア。
ハロウィンの時期はここにも人が集まるらしいですけど、
この日は、誰もいなくて私ひとり。魔女の地の墓地に、中年主婦が一人。
別の意味で怖いだろう。

しかし墓石をよく見てみると、メイフラワーに乗ってやって来た人のお墓もあって
ちょっと感動しました。
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なぜセイラムで、この時期、魔女狩り・魔女裁判が行われ、無実の人が多数処刑されたのか。

まず、魔女狩り・魔女の処刑は中世ごろから、ヨーロッパなどを中心に広くあちこちで行われています。聖書にははっきり、「魔女を生かしておいてはならない」(出エジプト記22:18)と記されているし、1400年代末からその後300年の間に、魔女疑惑で処刑されたは人は、1万人とも5万人とも言われています。

さて1600年代。理想のプロテスタント生活をおくろうと、新大陸にイギリスから渡ってきた清教徒達。そもそも最初から、キリストに倣いて的な禁欲生活を自分たちに強いていたわけです。

1692年のまだ寒い冬の終わり頃。司祭の娘で9歳のBetty Parrisと、その従姉妹で11歳になるAbigailが占い遊びをしています。もちろん厳しい清教徒生活では、占いもまじないも禁止されています。
ところでセイラムは、他のコロニーと比べると若者の数が多いのが特徴でした。

物資も貧しいこの時代、例えば病気になっても十分な薬もない。この家の黒人の女奴隷であったTitubaは、薬草の知識や、おまじない的な知恵をたくさん持っていて(そういえば「魔女の宅急便」では、キキのお母さんは薬草で薬を調合するのが仕事ですね)、この家の娘たちもTitubaを通し、原始的な力や自然や占いに触れ、そして魅了されていきます(現代でも、例えばホメオパシーなどの自然治療を指示するのは女性が多く、異論を唱えるのは男性や医学会など権威のある所だったりします)。

さて、少女達のお気に入りの占いに、水の中に卵の白身を落とし、未来の旦那さんを見るというのがあり、これに没頭していたわけですが、ある時娘のBetty Parrisが、旦那さんではなく、棺桶のイメージを受け取りパニックしてしまい、寝込んでうわごとを言いはじめます。奇妙な行動を取るようになった少女。そして最初の魔女疑惑はその女奴隷、Titubaにかかります。

思春期少女特有の、虚言、妄想、思い込み。エネルギーのはけ口のない環境がそもそもの原因ですが、それを言ったら終わりな社会。
また当時、村の人々は、アメリカンインディアンの襲撃にもおびえていたし、一方で疫病も流行っていて、これらを「神は我々の生き方に満足されていない」とコロニーの人々はとらえていました。

魔女と疑いをかけられ、処刑された人たちは、高齢の独身者、または離婚再婚を繰り返す男性、仕事もせずブラブラしているものなど、みんなと同じ行動を取らない者、宗教的に疑問視される者、引いては村の厄介者と、普段から思われていた人たちばかりです。共同体が、その存続のために自ら生け贄を必要とし、無実の人を利用する仕組みは、どこでも同じですね。

これらの人々が、魔女裁判で一掃されます。口を挟むもの、誰かを庇う者は、芋づる式に。人口500名程度の村で、最終的には30名近くの人々が、わずか数ヶ月の間に次々と処刑されていきました。

ちなみにミュージアムで購入したのはこちらの本。

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魔女裁判でのやり取りも記されていて大変興味深かったです。
そのうち感想も書きたいと思います。

こちらのSamuel Pickman Houseは、魔女裁判のあった当時からの建物だそうです。大通りに戻り休憩してから、港に向かいます。
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港の先にはHouse of the Seven Gablesがあります。ホーソーンを愛する方は本当ぜひ。



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